Perlという言語は私が始めて学んだプログラム言語です。
Perlに触れたきっかけはもちろんBRゲーム。

当時参加していたBRゲームにハマり、いつしか『俺もこんなゲームが作りたい!』と思っていた。
そのころはまだゲームの原型であるソース一式が配布されていて、誰でも気軽にBRゲームを作ることができた。
もちろんプログラムの知識は必要だ。
しかし、私は当時まだHTMLとCSSすらまともに書けなかった中学生。
そんな中学生が無謀にもBR配布元のソースをダウンロードし『BRゲームの改造』を始めてみた。
ダウンロードしたままのソースを使うならエラーもなく稼動できるのだが
いざBRゲームを稼動してみると想像していたものと違い、簡素なゲームだった。
なにこれ・・・全然面白くない。
これが素直な感想だった。
今の夢幻で言う「スキル」や「市場」「ショップ」などといったものはもちろんない。
操作性もすごく悪かった。
本当にいい意味で初期状態だった。

そのころはBRゲーム業界が衰退期に入っていて、運営されているサイトが3つくらいしかなかったが
それぞれ個性のあるサイトばかりでゲームもすごく面白くて運営者がどれだけ努力して改造したのかが初めてわかった。

自分も面白いゲームが創りたくて必死に情報を探していたら当時はBR運営者のための資料集やフォーラムのようなものもあったので(すでに過疎状態だったが)初心者でも何とか改造の基礎を学ぶことができた。

中学生だった私は自分の創りたいものを実現させるため、そのフォーラムで質問をしまくったり、過去ログを読み漁った。
いま思い出すとすごく図々しかったのと、すごく程度の低い質問をしていたのを覚えている。

そんなこんなでなんとか普通に遊べるくらいに改造しゲームをサーバーにアップロードした。
最初は中学校の友達数人に遊んでもらってわいわい楽しんでた。
参考→http://www.infinity-br.com/history/old.html

それからしばらくたったあと、そろそろ一般公開しよう!と思ったとき
ある問題が発生した。

サイトの名前、考えてない!

そこで考えたのが「夢幻の世界」である。
実はこのサイト名、仮の名前だったんです。
今思えば、夢幻の世界・・・。~の世界ってダサかったなー。

当時を知る方はいまだに夢幻の世界って言ってたりする。
いまは「夢幻」で定着させようとしてますw


というわけで夢幻を世に始めて公開して初めてBRゲームを運営したのが2006年の3月5日です。
サイトを作ったのが2005年の8月2日で半年くらいは友人だけに公開していました。

次は「創業期、夢幻の世界の思い出」編です。

つづく・・・?